みなさん、こんにちは!
パワチル企画・代表「れいこさん」こと、九鬼れいこです。
痛ましい事件が連日マスコミをにぎわせている。
大方の関心は、被疑者とされた父親が、何故、そのような凶悪な犯行を起こしたのかという点に集まっているように見える。
親による子どもいじめの問題や、子殺しの問題では、事件の原因はいつも親の個人的資質に帰される。
おかしな奴が、おかしなことをした。
多くの人は、そこで納得してしまう。
しかし、私たちは「子どもを守れなかった」システム上の、制度上の問題に目を向けなければならない。
それが、子ども法・未来ルームの設立趣旨である。
家庭は、密室だ。
学校も、警察も家庭内で起きていることには手が出せないことがほとんどだ。
警察では、民事不介入を理由に、はっきりと刑法犯罪であることが証明できない場合、子どもは説諭されて家に帰されるのがおちだ。
家庭が密室であることも、警察が民事不介入を決め込んでいることも、変えていかなければならないシステムであることに間違いはないのだが、
今回は、学校の安全対策について問題点を指摘したいと思う。
1.被害者は、9㎞の道を歩いて通学していた。
事件当日は、被疑者が車で学校まで送ったそうだが、普段は歩いて通っていたという。
9㎞といえば、標準的な時速4キロメートルで歩いても、2時間15分もかかる道のりだ。
通学路の安全確保はできているのか?
スクールバスの運行を考えてもよいのではないだろうか?
子どもを育てる、子どもを守るという行為は、経済的合理性とは真っ向から対立する概念である。
2.校門のすぐ隣が竹林だと聞いた。
これでは、不審者が子どもを連れ去ろうとしたとき、いとも簡単に逃げ隠れできてしまう。
安全管理上、問題があると言わざるを得ない。
3.防犯カメラが足りない。
被害者を学校の敷地内まで送り届けたと被疑者は述べているが、防犯カメラにはその様子が映っていない。
カメラを増やしたとしても、映像を常時モニターし監視する人員が学校にはいない。
警備員や警察官の配置も考慮していいのではないかと思う。
私たちは、何故、子どもの命を守ることができなかったかを考え直さなければならない。
頭のいい人が、考えればいい。
上の人が考えればいい、という態度では、子どもの命と安全を守ることはできない。


